今回は諸子百家のうち墨子とその教えを掲げる墨家について紹介します。
墨子は春秋時代の思想家、
本名を墨翟(ぼくてき)といい、
姓の「墨」から墨を使う大工さんの出身であるとか、
入れ墨をいれられた犯罪者だったなどの説がありますが、
決定づける資料はなく憶測にすぎません。
詳しい生没年なども資料が残っていないものの、
儒教と勢力を二分し、かなり大きな学団を形成していたと言われています。
活動した時期としては、
孔子と同じく魯の国を拠点に活動しながらも
孔子の言葉を記録した論語には墨子についての言及がないので後の時代と思われ、
また、もっと後の時代の孟子が墨家への批判を残しているので、
孟子の時代より前の登場であると思われます。
だいたいどれくらいかが他の資料から推測になるのが古代あるあるです。
墨子の思想は「兼愛」と「非攻」。
兼愛は人々が広く互いを愛し合うことで、
自分のことを愛するように他人を愛し、
自分の国を愛するように他国のことも愛せば戦争なんて起きないよね。
人々が憎しみを捨てて愛を持てば世の中良くなるよ。ということ。
ちなみに墨子が言うには、儒家の愛は家族や君主など身内への愛で差別的だと批判します。
また、非攻は他国への侵略戦争を否定する考えです。
平和な時に人を殺せば死刑なのに、戦争で人を殺すと英雄視されるのはそもそもおかしいし、
たくさんの人を殺す侵略戦争は絶対許さない!というわけで、
侵略の動きを察知すると現場の城へ墨家集団を派遣し徹底的に防御します。
侵略者に城を明け渡すということは、侵略戦争を認めることになるので、
墨者にとっては城を守ることは命を懸けたミッション。
墨子の死後、墨家三代目代表(鉅子)の孟勝の時代には、
城を守り切れなかった責任を取って182人の参加メンバー全員が集団自決したというすさまじい逸話も。
墨子自身も諸国をめぐり、侵略を止めるよう各国の王を説得。
群雄割拠で各国が勢力を広げることにしのぎを削った時代なので、
大層煙たがられたようですが、
血で血を洗う戦いの連鎖を止めようという情熱を胸に努力したわけです。
そんな思想を持った墨子には以下のような有名なエピソードがあります。
ある日、楚の国で新しい攻城兵器が開発されました。
強国である楚は宋への侵略戦争を計画しており、
この新兵器で勝利は間違いなし。という状況です。
そんなときに侵略のにおいを感じ取った墨子登場。
侵略絶対許さないマンの墨子は、宋への攻撃計画を中止するようにと開発担当を説得。
しかしながら、王様にもうプレゼンして通ったわけだし・・・と渋ります。
それではと今度は楚王にも、
「宋の国は貧しく、楚国が占領したところで得るものはないし、
弱いものいじめみたいで評判も悪いからおやめなさい。」と説得。
楚王もなるほどと納得しましたが、
せっかく担当の人が新兵器作ってくれたし・・・と。
らちが明かないので、墨子はそんじゃあシミュレーションして
その新兵器「雲梯」で城を落とせないことを証明してやんよ、
そしたらこの攻撃ナシな!と条件を出し、模擬戦で見事勝利しました。
担当の人としては、せっかくすごい兵器を考えたのに、これでは気持ちがおさまらない。
「模擬戦では負けましたが、私は城を落とす方法を知ってますけどね。」
と言い張ります。
どんな方法かしらとその場の人々が考えいると墨子がひとこと。
「それは私を殺して策を封じるということでしょうが、
同じ策を持っている私の弟子たちがすでに宋の城にスタンバってますんで。」と。
これには担当もぐぬぬ。楚王も戦争をあきらめたのでした。
この話、少し続きがあって、
楚国の侵略を阻止し宋を救ったヒーローとなったその帰り道、
ちょうど宋を通りがかったところで降り出した雨に墨子は門で雨宿りを願いますが、
粗末な身なりを見た宋の役人は、
あろうことか墨子を追い払ってしまうのでした。
なんともかわいそうですが、しっかりオチまでついております。
まあ、ヒーローは人知れず人々を救う。というエピソードといったところでしょうか。
さて、兼愛と非攻を熱く語り、諸国を飛び回った墨子、
その学団は魯に創設され、たくさんの門人を輩出し儒家と二分する勢いを誇りました。
学団は高度に組織化されており、
・諸国を遊説してまわり、墨家の思想を広める「布教チーム」
・資料の整理、整備や門人の教育を行う「講書チーム」
・食糧生産や守城兵器の制作、防御戦闘を行う「勤労チーム」
の3つのチームに加え、
一人前の墨者となった弟子達は諸国に官僚として仕官し、各地の支部的な役割で活動をサポート。
布教チームの宿泊や食事の世話をしていたそうです。
チーム制や支部まであったりと、
現代の企業にも通じるようなレベルの役割分担がされているのが興味深いですね。
しかし、そんな墨子も学団創設の頃には弟子の指導が思い通りにはいかなかったようで
書物「墨子」の説話の中では教育に苦労した様子が見て取れます。
墨子のもとに集った門下生は、実は墨子の理想や精神に共鳴した者は少なく、
その防御戦術やノウハウを勉強して士官し、立身出世を夢見る者がほとんど。
理想実現のために学団を組織した墨子の思いとは食い違いがあったようで、
言うことをきかず、師匠に対してナメたことを言う弟子も多かったようです。
苦心した末に墨子は、
「鬼がいつでも見てるから悪いことしたらだめだぞ!」と、
3歳の子をビビらせるようなロジックを使用するというまさかの展開。
ほんと教育ってむずかしいですね。
※記事については、 学術研究ではなく、
エンターテインメントとしてご覧いただけましたら幸いです。
参考文献:「諸子百家」浅野裕一(講談社)
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