兵家 孫子の兵法

42 孫子 十三篇 研究 10 -地形編 地形・敵・味方を知る者は、動いて迷わず!-

兵法書『孫子』の研究第10回。
第十篇地形篇 について書いていきます。
戦場にはあらゆる地形があり、
それぞれの地形の解説と、どのように利用するのか。
また、敗北につながる道理について、
プロジェクトの運営に必要なチームの人間関係におけるリーダーの心構えについて書かれています。

孫武

まずは書き下し文、
次いで解説を加えた現代語訳を紹介します。


孫武

地形篇 書き下し文

孫子曰わく、

地形には、
通(つう)なる者あり、
挂(かい)なる者あり、
支(し)なる者あり、
隘(あい)なる者あり、
険(けん)なる者あり、
遠(えん)なる者あり。

我以て往く可く、彼以て来たる可きを通と曰う。
通なる形には、先ず高陽に居り、
糧道を利し、以て戦えば則ち利あり。

以て往くべく、以て返り難きを挂と曰う。
挂なる形には、敵に備え無ければ、出でてこれに勝ち、
敵若し備え有れば出でて勝たず、以て返り難くして不利なり。

我出でて不利、彼も出でて不利なるを支と曰う。
支なる形には、敵、我を利すと雖も、我れ出ずること無かれ。
引きてこれを去り、敵をして半ば出でしめてこれを撃つは利なり。

隘なる形には、我れ先ず之に居れば、必ず之を盈たして以て敵を待つ。
若し敵先ず之に居り、盈つれば而ち従うこと勿かれ、
盈たざれば而ちこれに従え。

険なる形には、我れ先ず之に居れば、必ず高陽に居りて以て敵を待つ。
若し敵先ずこれに居れば、引きてこれを去りて従うこと勿かれ。

遠なる形には、勢い均しければ以て戦いを挑み難く、戦えば而ち不利なり。

凡そこの六者は地の道なり。
将の至任、察せざる可からざるなり。


故に兵に、
走(そう)なる者有り、
弛む者有り、
陥る者有り、
崩るる者有り、
乱るる者有り、
北(に)ぐる者有り。

凡そ此の六者は天の災に非ず、将の過ちなり。


夫れ勢い均しくして、一を以て十を撃つは走(そう)と曰う。

卒の強くして、吏の弱きは弛(し)と曰う。

吏の強くして卒の弱きを陥(かん)と曰う。

大吏怒りて服せず、敵に偶(あ)えば懟(うら)みて自ら戦い、

将は其の能を知らざるを崩(ほう)と曰う。

将、弱くして厳ならず、
教道も明らかならずして、吏卒常無く、
兵を陳(つら)ぬること縦横(しょうおう)なるを乱(らん)と曰う。

将、敵を料(はか)ること能わず、
小を以て衆に合わせ、弱を以て強を撃ち、
兵に選鋒(せんぽう)無きを北(ほく)と曰う。

凡そこの六者は敗の道なり。
将の至任にして察せざるべからざるなり。


夫れ地形は兵の助けなり。
敵を料りて勝を制し、険阨(けんやく)・遠近を計るは、上将の道なり。
此を知りて戦いを用うる者は必ず勝ち、
此を知らずして戦いを用うる者は必ら敗る。

故に戦道必ず勝たば、主は戦う無かれと曰うとも必らず戦いて可なり。
戦道勝たずんば、主は必ず戦えと曰うとも戦う無くして可なり。
故に進んで名を求めず、退いて罪を避けず、
唯だ人を是れ保ちて、而して利の主に合うは、国の宝なり。

卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿(しんけい)に赴むく可し。
卒を視ること愛子(あいし)の如し、故にこれと倶(とも)に死すべし。
厚くして使うこと能わず、愛して令すること能わず、乱れて治むること能わざれば、
譬えば驕子(きょうし)の若(ごと)く、用う可からざるなり。

吾が卒の以て撃つ可きを知るも、
而(しか)も敵の撃つ可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。
敵の撃つ可きを知るも、
而も吾が卒の以て撃つ可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。
敵の撃つ可きを知り、吾が卒の以て撃つ可きを知るも、
而も地形の以て戦う可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。
故に兵を知る者は、動いて迷わず、挙げて窮せず。

故に曰わく、
彼を知りて己れを知れば、
勝、乃(すなわ)ち殆(あや)うからず。
天を知りて地を知れば、
勝、乃ち全うす可し。


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孫武

地形篇 現代語訳

戦場の地形には、

通:四方に広く通じ開けている
挂:途中に行軍が渋滞する難所を控えている
支:脇道が分岐している
隘:道幅が急にせばまっている
険:高く険しい
遠:両軍の陣地が遠くかけ離れている
というものがあります。

の地形(四方に通じた地形)では、先に日当たりの良い高所に陣取って、食料の補給路を確保して戦えば、有利になります。

こちらから行くのは容易ながら撤退するのが難しい地形をと言います。
の地形(途中に難所があり、引っかかりがある地形)では、
敵に備えがあれば無ければ出撃して戦えば勝ちます。
しかし、敵に備えがあれば出撃しても勝てないし撤退も困難なので不利となるでしょう。

こちらが先に出ても不利、敵が先に出ても不利な地形をと言います。
の地形(脇道が分岐している地形)では、敵が誘って来ても出撃してはいけない。
ひとまず退却し、追撃のために敵が半分くらい出て来たところを攻撃すると有利です。

の地形(狭い地形)では、こちらが先に占拠したら必ず入り口に兵を集中し敵を待ちます。
もし敵が先に占拠していて、十分に兵士を配備しているようなら、敵に応じて攻撃してはいけない。
兵士の配備が十分でないなら敵に応じて攻撃しましょう。

の地形(高く険しい地形)ではこちらが先に占拠したら必ず高く日当たりの良いところに布陣して敵を待つ。
もし敵が先に占拠していたら退却させ、敵に応じて攻撃しないこと。

の地形(両軍の陣地が離れている)では、
両軍の勢力が均衡している場合、戦いを挑むのは難しいでしょう。
戦えば不利になってしまいます。

およそこれら六つのことは、地形についての道理です。
将軍の最も重大な任務であるから、よく明察しなければなりません。

軍隊には
「走」潰走する軍、
「弛」紀律がゆるむ軍、
「陥」窮地に陥る軍、
「崩」崩壊する軍、
「乱」乱れる軍、
「北」敗北する軍があり、

これら六つは自然の災害によるのではなく、将軍の過失によるのです。

両軍の勢力が均衡しているのに一の力で十の敵を攻撃するようでは戦うまでもなく潰走し「走」といいます。

兵士たち強いのに監督する部将が弱いと紀律が弛み、「弛」といいます。

部将が強いのに兵士の弱いと、士気が上がらず窮地に陥る、これを「陥」といいます。

大吏(上級の部将)が怒って将の命令に服従せず、敵に遭遇すると将軍を恨んで自分勝手に戦ってしまい、
将軍も大吏の能力を認めていないと組織が崩壊します。これを「崩」といいます。

将軍が弱腰で威厳がなく、軍令もはっきりしない。武将や兵士たちにも統制がなく、
陣立てもバラバラ、デタラメでは秩序が乱れます。これを「乱」と言います。

将軍が敵情をはかり考えることができず、
小勢で多勢の敵と合戦したり、弱い兵で強い敵を攻撃したり、
また、精鋭の部隊がいないようでは敗北します。これを「北」と言います。

これら六つのことは、敗北についての道理です。
将軍の最も重要な責務として充分に考えなければならないことです。


地形とは、戦いの補助となるものなのです。
敵情をはかり考えて勝算を立て、
地形の険しさ、距離の遠近を検討しするのが総大将の務めになります。
このことを知った上で戦う者は必ず勝つが、知らずに戦う者は必ず敗れます。

なので、戦の道理から見て必ず勝てる勝算があるときには、
たとえ主君が戦ってはならないと命じても、ためらわずに戦闘してかまいません。
道理から見て勝算がないときには、
たとえ主君が絶対に戦えと命じても、戦闘しなくてかまわないのです。
したがって、進撃しても名誉を求めるのではなく、
君命に背いて退却しても命令違反の罪を避けるのではなく、
ただただ人命を大事に保全する行動が結果的に君主の利益にも合う。
そんな将軍が国の宝です。


将軍が兵士たちに対して赤ちゃんの面倒を見るように愛情を持って接すると、
それによって兵士たちとともに、深い谷底のような危険なところにも赴くことができます。兵士たちをかわいいわが子のように深い愛情で接していくと、
それによって兵士たちと生死をともにできるようになるのです。
しかし、兵士たちを厚遇するだけで仕事させることができず、
かわいがるばかりで命令することができず、
軍紀を乱しても処分することができないようであれば、
例えばわがままな子供のようなもので用いることはできません。

味方の兵士が敵を攻撃して勝利を収められる力があることがわかっても、
敵に十分な備えがあって、攻撃してはならない状況があることを知っていなければ、
勝敗は五分五分です。
敵を攻撃してもいい状況にあることを知っていても、
味方の兵士が攻撃する能力が十分でないことを知っていなければ、勝敗は五分五分です。
敵を攻撃できる状況で、兵士にも攻撃できる能力があることを知っていても、
地形が戦ってはならない状況であることを見抜けないようでは、勝敗は五分五分です。

そんなわけで、戦うことに通じた人は、
軍を動かして迷いがなく、戦っても苦しむことがない。
だから、敵情を知り、味方の実情も知っていれば、勝利に揺るぎがない。
天候や季節などの自然の状態と地形の道理を知っていればいつでも勝てるのです。

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孫武

地形篇 解説とまとめ

まとめますと、
戦場の地形の種類であったりその立ちまわり方についてがこの篇の要点です。
6種類の地形がありましたが、もう少し深く、順に解説します。

まず「通」。
通はこちらから自由に行けるし敵方からも自由に来れるという、
「通じ開けている」地形です。
敵軍よりも先に日当たりが良くて高い場所に陣取り、
食料の補給路も重要なので、これを確保する形で戦えば有利になります。

「挂」は進むことができても、引き返すことが難しい場所で、
途中に引っかかる難所がある地形という意味。
難所を控えた地形では、難所の奥に敵が防御する陣がない場合には、越えて出撃しても勝てるのですが、
もし、敵が防御している場合には勝つのは難しく、
再び難所を越えて引き返すのも難しくなってしまうので不利です。

「支」は脇道が分岐しているという意味で、
こちらが先に進出しても不利、敵方が先に進出しても不利になる地形です
敵は利益をチラつかせて自軍に進出を誘ってきますが、それにつられて先に進出するのはNG。
軍を後退させて分岐点を離れ、逆に敵軍に追撃させます。
敵の半分くらいが出て来たところを攻撃するのが有利。

「隘」は両側から岩壁が張り出して狭まっているような地形。
こちらが先に占拠していれば、必ず兵力を密集させておいて敵を待ち受ける。
もし、敵が先に占拠していて、しかも敵兵が隘路上にびっしり密集している場合は攻撃してはいけない。
敵兵が埋めつくしていない場合には攻撃しても大丈夫です。

「険」は高く険しい地形ですが、先に占拠できている場合には、
必ず明るく日当たりがいい高地に陣取って、敵を待ち受けます。
先に占拠されている場合は不利なので退却します。

「遠」は双方の陣地が遠く隔たっている地形、というか状態ですが、
彼我の勢力が互角な場合は、自分から出陣して先に戦いを仕掛けるのは困難。
無理に出かけていって戦闘すれば、不利になってしまいます。

このように6種類の地形ではどう立ち回るか、
そして地形に適した戦術をとることを述べています。

また、敗北につながる
「走」「弛」「陥」「崩」「乱」の6つの道理についても述べられています。
これらは天災ではなく人災であり、リーダーの過失である。
十分に考えて気をつけろとのことです。

地形というのは、戦いの補助となるものであり、
勝利の補助手段に利用していくのが、全軍を指揮する総大将の行動基準になります。
地形に合った戦い方、利用のしかたを熟知して用いれば必ず勝つし、
知らず、考えずにぼーっとやってたら必ず負けっぞ!というわけですね。
また、自軍の兵士を大事にしながらメリハリも重要、信頼関係が大事。
地形・敵・味方・のことをわかった上で行動すれば、
軍を動かして迷いがなく、戦っても苦しむことがない。

彼を知りて己れを知れば、勝、乃ち殆うからず。
天を知りて地を知れば、勝、乃ち全うす可し。


ということです。

『孫子』十三篇

参考文献
・孫子 ー「兵法の真髄」を読む(中公新書) 渡邉義浩 著

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