兵家 孫子の兵法

34 孫子 十三篇 研究 2 -作戦編 スピード勝負と現地調達-

2024年3月15日

兵法書『孫子』の研究第2回。
今回は第2篇の作戦篇 について書いていきます。
この篇は、戦争にかかるコストを考え、
長期戦を避けて迅速に切上げることの重要さと、
コストダウンの為には現地調達の徹底について述べています。

孫武

まずは書き下し文、
次いで解説を加えた現代語訳を紹介します。



孫武

作戦篇 書き下し文

孫子曰わく、

凡そ兵を用うるの法は、
馳車千駟(ちしゃせんし)、
革車千乗(かくしゃせんじょう)、
帯甲十万(たいこうじゅうまん)、
千里にして糧を饋(おく)れば、
則ち内外の費、賓客の用、
膠漆の材、車甲の奉、
日に千金を費やして、然る後に十万の師挙がる。

其の戦いを用うるや、
勝つも久しければ則ち兵を鈍らせ鋭を挫く。
城を攻むれば則ち力屈し、
久しく師を暴(さら)さば則ち国用足らず。

それ兵を鈍らせ鋭を挫き、
力を屈くし貨を殫(つ)くさば、
則ち諸侯其の弊に乗じて起こる。

智者ありと雖(いえど)も、
その後を善くすること能(あた)わず。

故に兵は拙速なるを聞くも、
いまだ巧久を睹(み)ざるなり。

夫(そ)れ兵久しくして国の利する者は、
未だ之(これ)有らざるなり。

故に盡(ことごと)く用兵の害を知らざる者、
則ち盡く用兵の利をも知ること能わざるなり。

善く兵を用うる者、役は再び籍せず、
糧は三たびは載せず。
用を国に取り、糧を敵に因る。
故に軍食足るべきなり。

国の師に貧なる者は、遠く輸ればなり。
遠く輸れば、則ち百姓貧し。
師に近きは者は貴売す。
貴売すれば則ち百姓財竭(つ)く。
財竭くれば則ち丘役に急にして、
力は屈し財は中原に殫き、内家に虚し。
百姓の費、十に其の七を去る。

公家の費、破車罷馬、
甲冑弓矢、戟楯矛櫓、丘牛大車、
十に其の六を去る。

故に智将は務めて敵に食む。
敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当たり、
き(くさかんむりに忌)秆(かん)一石(いっせき)は、
吾が二十石(にじっせき)に当たる。

故に敵を殺すものは怒なり。
敵の利を取るものは貨なり。

故に車戦にして車十乗已上(いじょう)を得れば、
其の先ず得たる者を賞し、
而してその旌旗(せいき)を改め、
車は雑(まじ)えてこれに乗らしめ、
卒は善くして之を養う。
是れを敵に勝ちて強を益すと謂う。

故に兵は勝つことを貴びて久しきを貴ばず。
故に兵を知るの将は、
生民の司命、国家安危の主なり。

===



孫武

作戦篇 現代語訳

およそ軍隊を運用するときの原則として、

馳車(馬4頭に車を曳かせた軽戦車)千台、
革車(皮革で覆った重戦車)千台、
武装歩兵十万人の編成規模で、
千里(約500km)の遠くに兵糧を輸送する場合、

国内外での経費、外国使節の接待費、
兵器の作成のために使用する膠(にかわ)や漆などの材料の費用、
戦車や甲冑の供給といった費用に、
日ごとに千金もの莫大な金額を投じることになり、
こうしてはじめて、十万の軍を動かすことができるようになります。

このような外征の軍が、
長期持久戦をすることになれば、
勝ったとしても軍を疲弊させてしまい
鋭気を挫く結果になってしまう。

また敵の城を攻めるようなことになれば、
戦力を消耗し尽くし、
大部隊をいたずらに戦場にさらしたり、
長期にわたって露営を繰り返せば、
国家の経済は窮乏してしまいます。

このような戦い方をして、
軍を疲弊させ鋭気が挫かれたり、
戦力、財貨が尽きてしまうような状態に陥れば、
そこにつけ込んで周囲の諸侯も挙兵する始末になるかもしれません。

こんな窮地に立ってしまえば、
いかに知謀の人でも、
善後策を立てることはできないでしょう。

なので戦争では、
多少戦術がまずくてもでもスピード重視で早めに片を付ける。
ということはあっても、
巧みに長期戦を行う。というような事例は聞いたことがない。


そもそも戦争が長期化して国家の利益になったためしはない。
だから、用兵につきまとう損害を知らない者は、
用兵がもたらす利益を完全に知り尽くすこともできないのです。

巧みに軍を運用する者は、
民衆に二度も兵役を課したりはせず、
食糧を三度も前線に補給したりはしません。

戦費や軍需物資は国内で調達するが、食糧は敵地で求める。
このようにするから、兵糧も十分まかなえるのです。

国家が軍隊のために貧しくなる原因は、
遠征軍に遠くまで補給物資を輸送するからです。

遠方まで物資を輸送すれば、
その負担により、民衆の生活物資が欠乏して貧しくなる。
軍の駐屯地の近辺の業者や農民は、
大量調達による物不足につけ込んで、
物の値段をつり上げ流ので物価が高騰。

物価が高騰すれば、
人民の蓄えはなくなり、
また、政府も平時より高値で軍需物資を調達しないといけないので、国家財政は枯渇。

国家の財源が底をつけば、
民衆に対して課税も厳しさを増さなければならない。

こうして前線では戦力が尽きてなくなり、
国内では人民の家財が底をつく状態になれば、
民衆の生活費の七割までが軍事費に持っていかれる羽目になります。

また、戦車の破損や軍馬の疲労、
戟や盾、矢や弩、甲冑やおおだて、
輸送用に徴発した牛や大車などの損耗補充によって、
国家の費用も六割までを消費してしまいます。

だからこそ智将は、
食糧を敵地で調達するよう努めるのです。

輸送コストを鑑みれば、
敵の食糧一鍾(約50L)を食べれば、
本国から供給する食糧二十鍾(約1000L)にも相当し、
牛馬の飼料となる豆殻やわらの一石(約30kg)は、
本国からの二十石(約600kg)にも相当します。

つまり、敵兵を殺すのは敵愾心によりますが、
敵の物資を奪い取るのは利益の為なのです。

したがって、車戦で車十台以上を鹵獲したときは、
最初に鹵獲した者に褒美を与え、
敵の旗印を味方のものに取り替えて、
その車は味方の戦車の中に混ぜて乗用させ、
捕虜にした兵は自軍に編入し優遇して養わせます。

これが敵に勝って強さを増すということなのです。

そんなわけで、戦争は勝利を第一としますが、
長引かせるのはよくない。
戦争の道理をわきまえた将軍は、
人民の生死を握る者であり、
国家の安危、運命を決する者なのです。

====



孫武

作戦篇 解説とまとめ

まとめると、
10万人規模の大軍を挙兵するには、
準備に莫大な資金を投入することになり、
遠征中の維持費もものすごいことになるので、
コストを鑑みて、
できるだけ早く終わらせて、
長引かないようにしなさい。ということです。

お金がかかるものを、
だらだらと長期運用していれば、
国家は疲弊して財政を圧迫。
物不足や物価上昇、さらに国家財政のために増税と、
民衆の生活は貧しくなり、国力も衰退する悪循環。

国が弱ったところを狙って、周辺国にも狙われます。
だから、第一篇の通り、
戦争するなら、そもそもよく考えて、
できたらやらないに越したことはない。というわけです。

また、食糧をはじめ、戦地での維持コストは
敵地でまかなうことも強く主張しています。

「食糧を三度も前線に補給したりはしない。」
という一節がありましたが、
これは、まず出発するときの1回、
もう1回は戦地を出て凱旋の際で2回分の補給で終了。

3回以上本国から補給することはなく、
行きと帰りの2回分は何とかするけど
出張中はよそで食べてきてよー。という感じで、
外にいるときは現地で何とかしなさいよ。ということですね。

補給の輸送コストを鑑みた現地調達や、
捕虜にした敵兵を編入しての補充など、
孫武のリアリストっぷりがよくわかり、
最後に、軍を運営する者は人民の生死、国家の運命を握っている!
と釘を刺しています。

ビジネスや普段の生活でも、
だらだらやっても成果は上がらなくてモチベーションは下がりますし、
仕事が長引くとついつい、
いらないお菓子とか買って食べちゃいますもんね。
お財布にも健康にもいいことありません。
太るのは簡単ですが、痩せるのは大変なのです。

また、現地調達も大変なので、
大変な目に遭うなら、早よ終わらせて帰ろうとも思えます。
そういえば昔、お母さんが
『外に出ないのが一番節約。』と言っていました。
うちの母は兵法家だったんですね。

また、早くタスクを終わらせることで、
余裕ができて仕事をちょっと前倒し、
明日の仕事が楽になったり、
余裕があるから効率的にいい仕事ができるようになるな。
と、深く頷けるところがたくさんありました。

やっぱり仕事はチャチャっと早く終わらせて、
プライベートでしっかり遊ぶのが一番です!

『孫子』十三篇

参考文献
・孫子 ー「兵法の真髄」を読む(中公新書) 渡邉義浩 著

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