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91 気になる鬼シリーズ3 鬼界隈のスター・酒呑童子

2024年8月21日

ごきげんよう、ハゲと天パです。

気になったものについて書いていくシリーズ。
気になる鬼、第三回。
今回は日本でいちばん有名かも知れない鬼、
酒呑童子を紹介します。

酒呑童子(しゅてんどうじ)は、
平安時代の鬼の棟梁。

一説には盗賊の頭目だったともいわれますが、
日本の伝説に登場する鬼の中でもその名をよく知られる、かなり有名な鬼ですよね。

たくさんの手下を従え、
京の都を襲っては金銀を奪ったり女性をさらったりと、大暴れしていたといわれます。



大江山絵詞での伝承

酒呑童子が登場する最古のものが、
逸翁美術館所蔵本「大江山絵詞」(大江山絵巻)でその伝承によると、

時は平安、一条天皇の時代、
京の都では、若者や姫君が次々と神隠しに遭うという事件が続発。

最強陰陽師、安倍晴明(あべのせいめい)に占わせたところ、
大江山に住む鬼の仕業っすねー。
とのこと。
そこで帝はデーモンスレイヤー源頼光に勅宣を出して討伐隊を派遣。

源頼光(みなもとのよりみつ)

最近の感じでいえば鬼殺隊ですね。

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この鬼、その名も酒呑童子。
彼は大江山という山を本拠地に、
茨木童子などの数多くの鬼共を部下に従えていました。


討伐に来た頼光らは山伏を装って鬼の居城を訪ね、
一晩とめておくんなさいと頼みます。
酒呑童子たちは、独自の鬼ネットワークにより、
京の都から源頼光とかいうやつらが、
自分を成敗しにくると情報を得ていたので、山伏ズを警戒しいろいろ詰問します。

なんとか疑いを晴らした頼光たちと酒呑童子は酒を酌み交わし、話を聞いたところ、
大の酒好きなために家来から「酒呑童子」と呼ばれていることや、
別の山に住んでいたものの、最澄が延暦寺を建てたのでそこに居られなくなり、
大江山に住みついたことなど、いままでの身の上話を語ったそうです。
めっちゃうちとけてます。

頼光らは事前に八幡大菩薩から、
神便鬼毒酒」という、
「人間が飲んだらおいしい、鬼が飲んだら毒。」
という猫に対する玉ねぎ的な不思議酒を与えられており、これを振る舞って力を奪い、
酔いつぶれて寝ちゃったところを襲い、身体を押さえつけ首をはねました。

酒呑童子は生首だけになってなお、
頼光の兜を噛みつきにかかりましたが、仲間の兜も重ねかぶったのでセーフ。

一行は、首を持ち帰って京に凱旋。
首級は帝らが検分したのちに宇治の平等院の宝蔵に納められましたとさ。
めでたしめでたし。


御伽草子での伝承

また、前回も出てきた御伽草子版では、

前回


京都に上った酒呑童子は、
茨木童子をはじめとする多くの鬼を従え、
大江山を拠点として、しばしば京都に出現し、
若い貴族の姫君を誘拐して側に仕えさせたり刀で切って生のまま喰ったりしたといいます。

あまりにも悪行を働くので、
帝の命により摂津源氏の源頼光と
嵯峨源氏の渡辺綱を筆頭とする頼光四天王
(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)
により討伐隊が結成され、討伐に向かいます。

このバージョンでは武者たちみずから戦術を練り、
山伏姿でいけばいけんじゃね?と考え、
甲冑・武器を笈(背負子)に隠す作戦で進めます。

道中、鬼に捕まって洗濯をさせられていたガールから、鬼アジトの内部情報を聞き出し、潜入。
一行は山伏と偽って酒呑童子の饗応を受け、
酒呑童子は自分の身の上を語りだします。

身の上話のディテールはこのバージョンによると、

「オレ、越後が地元なんよね、
んで、比叡山にいたんだけど最澄に追い出されて、
ここ大江山にきたんよ。
したら今度は空海に追放されてチョー最悪。
んで、空海が高野山で死んだから大江山に戻ってきたワケ。まーなんつーか、大江山サイコー!」

という感じ。

最澄と空海


さて、鬼の宴会に出てくるメニューは
人の血とか肉とか出てきてドン引きなわけですが、
頼光らはともに食べて安心させたのち、神からもらった「神便鬼毒酒」飲ませて体が動かなくなったところを押さえて、寝首を掻き成敗。

首を切られた後でも頼光の兜に噛みつきましたが、
最終的に無事鬼軍団を討伐し、生き残った姫君たちも開放して京都に帰りました。
めでたしめでたし。

というお話です。
御伽草子では、不思議酒で動きを封じられ、だまし討ちにあった酒呑童子は、
頼光らに対して「鬼に横道はない!」と激しくののしったそうです。
ごもっとも。

ちなみに京都府の成相寺には、神便鬼毒酒に用いたという徳利(瓶子)と酒杯が所蔵されているそうです。




お父さんが有名バージョン

酒呑童子はの生い立ちも色々伝承があります。
一説には、スサノオとの戦いに敗れた八岐大蛇が出雲国から近江へと落ち延び、
そこで富豪の娘に産ませた子だという伝承。
八岐大蛇もお酒で酔って退治されているので、
父子ともに酒好きで、酒で失敗しています。


平安初期に越後国で生まれた酒呑童子、
子どものころの名前がまさかの「外道丸」。

もう名前がすでにやばすぎですが、
絶世の美少年だったそうで、多くの女性が恋してラブレターをたくさんもらいます。
しかしそこはさすがの外道丸、
恋文を読みもせず、なんと全て燃やします。
外道丸たら読まずに焼いた、まさに外道。

想いを伝えられなかった女性の恋心が煙となって、
彼の周りを取り囲み、その怨念によって鬼になったそうです。
鬼となった彼は、本州を中心に各地の山々を転々とした後に、大江山に住み着いたといわれています。


ちなみに普通の人間ではなく鬼なので、
お母さんのお腹の中で三年過ごしたのちにようやく生まれたそうです。
産まれながらにして歯と髪が生え揃い、
すぐに歩くことができて5〜6歳程度の言葉を話し、
4歳の頃には16歳程度の知能と体力を身につけ、
気性の荒さもさることながら、
その異常な才覚により周囲から「鬼っ子」と疎まれていたんだとか。
まあ、親的にも、我が子に2・3歳くらいの一番かわいい時期がなかったのはちょっと残念かも。

上記の通りずば抜けた美貌の持ち主だったものの手の付けられない乱暴者だったため、
お寺に預けられていたといわれています。



「酒典童子」バージョン

また、伊吹山出身のストーリーもあり、
奈良絵本「酒典童子」によれば、
近江国須川(米原市)の長者の娘・玉姫御前と、伊吹山の伊吹大明神(八岐大蛇)との間に生まれます。
※ここでは「酒典童子」表記にします。

出産後、託宣により玉姫は伊吹山に上り、
酒典童子は祖父である須川の長者の子として育てられますが、
10歳のとき、高野山と比叡山のどちらかで仏道修行をするよう祖父から勧められ、
高野山は遠すぎるなー。とのことで、近くにある比叡山で修行。

入山後の酒典童子はは山内でもトップの修行僧になります。
鬼だけに頭角を現したわけですね。やかましいわ。
しかし、酒好きのためお坊さんとしてアウト。
彼は皆から軽蔑され、師僧に強く叱られて酒断ちします。
え?10歳ですよね?

その頃、都が平安京に移ったので祝賀行事として京都の人々による風流踊が催され、
諸寺にも風流踊を披露するよう勅命がありました。
比叡山は都の鬼門に当たるので、酒典童子の提案で比叡山の僧たちは「鬼踊り」を披露することに。
踊りの際に用いる鬼の面も酒典童子が全て用意しました。
手先も器用。


内裏での披露が終わると、比叡山の僧たちにも酒が振る舞われますが、
酒典童子はここぞとばかりにしこたま飲みます。
久しぶりのお酒は止まりませんよね、
アル中がやったらアカンやつです。

酔っ払った酒典童子、鬼の面も着けたまま山に帰って寝ますが、翌朝、目を覚ましてみるとなんと鬼の面が外れなくなっていました。
多分むくみです。
その姿を僧たちから恐れられ、
最澄によって比叡山を追われた酒典童子、
祖父・須川の長者のもとに帰りますが、
鬼の姿となった孫を祖父を迎え入れず、両親のいる伊吹山に追い払われます。


酒典童子は伊吹山に上り、
母の導きで山の北西にある岩屋にこもると、神通力を持つ本物の鬼にチェンジ。
一帯の人々をさらって食べるようになります。
これを憂えた最澄の祈祷によって伊吹山から追放されると、日本中の山々をさまよい、最終的に大江山にたどり着いたそうです。


実はドイツ人バージョン

また、これはなんじゃそらエピソードですが、
丹後に漂着したシュタイン・ドッチというドイツ人がいて、
彼が大江山に住み着き、持っていたワインを飲んでいるのを見た地元の人が、
でっかい鬼が人の血を飲んどるで!!
と噂したものが広まったという説もあるそうです。
絶対嘘やん。笑




酒呑童子は
九尾の狐 玉藻前、鈴鹿の鬼 大嶽丸もしくは怨霊 崇徳上皇とあわせて、
日本三大妖怪のひとつともされていているそうですよ。
三大妖怪もまた機会があれば触れたいところ。


酒呑童子の住処のはなし。

また、酒呑童子童子の住処については、
丹波国と丹後国の大江山や山城国と丹波国の境にある大枝(老の坂)といわれています。

大江山は現在の京都府福知山市で、
老の坂は京都府京都市西京区
西京区にある大枝山は京都市内なので平安京までまだそこまで遠くないかなと思うのですが、
それでも結構遠く、グーグルマップで調べたところ京都御苑まで徒歩で4時間かかります。

住処として一番有力な福知山市の大江山の場合、
山の近くにある加悦双峰公園オートキャンプ場~京都御苑までは、
車で4時間、徒歩で25時間かかるそうで、
めちゃめちゃ遠いやん。
とりあえず福知山と京都市を一緒くたに考えてはダメです。

また、近江国伊吹山とする説もあります。
伊吹山は滋賀県米原市で琵琶湖のわりと北の方。
徒歩なら南回りで22時間、北回りで28時間かかりますね。
昔の人の距離感はやっぱりバグってると思います。


酒呑童子を倒した名刀。

酒呑童子は最終的に鬼退治のヒーロー源頼光と、
その配下の渡辺綱など頼光四天王に討伐されるわけですが、
源頼光が酒呑童子討伐に使用した太刀がその名も「童子切」。
この太刀は日本の名刀BEST5である「天下五剣」にも選定されています。

童子切は、その作者にちなんで童子切安綱(どうじぎりやすつな)とも呼ばれ、日本の国宝に指定。

国宝指定名称は、
「太刀 銘安綱 名物童子切安綱 附 糸巻太刀 梨子地葵紋散太刀箱」
(たち めいやすつな めいぶつどうじぎりやすつな つけたり いとまきたち なしじあおいもんちらしたちばこ)
と、まるで呪文ですがスラスラ言えたらかっこいいので、
ぜひ覚えて、童子切の話題が出たときには言ってみてください。
確実にウザがられます。

上記の通り天下五剣の一つであり、
また別の名刀「大包平」とあわせて
日本刀の東西の両横綱」といわれる一振り。
数ある名刀のなかでも最も優れたものとされています。


「太平記」によると、伯耆国の大原五郎大夫安綱が打った太刀であり、
坂上田村麻呂が鈴鹿御前との戦いに用いた後、伊勢神宮に納められ、頼光が参宮した際に夢の中で託宣があって伊勢神宮より賜ったそう。
以来源氏累代の太刀とされています。
出ました、坂上田村麻呂。

ザ・征夷大将軍 坂上田村麻呂

室町時代には足利将軍家が所蔵。
足利義昭から豊臣秀吉に贈られたとされ、
さらには徳川家康、その子の徳川秀忠へと受け継がれます。
その後は秀忠の外孫、松平光長を経て津山藩の松平家に継承されました。

この松平光長が小さい時、夜泣きが収まらなかったそうで、枕元に童子切を置いたところピタッと夜泣きが止んだそうです。
まさに泣く子も黙る名刀ですが、家宝の使い方よ。

また、浮かんだ錆を落とすためにメンテナンスのために、「刀ならおまかせ!」でおなじみの本阿弥家に持ち込んだところ、
近隣の狐が次々と本阿弥家の屋敷の周囲に集まってきたという、
謎の力によるモフモフエピソードもあります。

江戸時代には、試し斬りの達人が、
6人の罪人の死体を積み重ねて童子切安綱を振り下ろしたところ、
すべての死体を切断しただけではなく刃が土台まで達したんだとか。

明治以降も津山松平家の家宝として継承され、
太平洋戦争終戦後は手放され、個人所蔵となりましたが、1962年に文化庁の前身である文化財保護委員会によって買い上げられ、現在は東京国立博物館に所蔵されています。

また、源氏ゆかりの兵庫県川西市の多田神社
こちらに所蔵されていおる太刀「鬼切丸」も酒呑童子を退治した伝承を持っています。


酒呑童子の配下たち。

酒呑童子の配下は、右腕とも言える副将、茨木童子がおり、
四天王として星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子の四人の鬼がいます。

茨木童子については次回扱おうと思っていますが、
頼光の配下で頼光四天王の筆頭の渡辺綱に、
かつて腕を切り落とされたことが述懐されており因縁が深い関係です。


そんなわけで京都を荒らした鬼の棟梁、
酒呑童子でした。
超常的な力を持っていたために生まれながらに疎まれ、悪の道に走った酒呑童子。
報われない境遇からお酒に走ったのかもしれませんね。
比叡山を追い出されたりと鬼の過去はいつも悲しいものです。

次回はその手下の強力な鬼、茨木童子を紹介します。




なお、このブログは、気になったことを調べ、
学んだ内容とイラストを紹介するお絵描きブログです。

ソースは主にWikipediaなどになりますので、
学術研究ではなくエンターテイメントとしてお楽しみください。
興味のきっかけや、ふんわりしたイメージ掴みのお手伝いになればうれしいです。

酒呑童子-wikipedia
童子切-wikipedia





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