兵家 孫子の兵法

41 孫子 十三篇 研究 9 -行軍編 こういうことになってたら、こういうことなのよ-

2024年4月3日

兵法書『孫子』の研究第9回です。
今回は第九篇行軍篇 について書いていきます。
できたら行きたくない、やりたくない。でおなじみの行軍ですが、
行かないといけないなら仕方ない。
進んでいれば色んな土地がありますが、こんな時はこうしようのケーススタディ回です。
また、観察することで見えてくる状況があります。
そして、ルールあっての人間関係、仕事なんでね。
という感じでお送りします。

孫武

まずは書き下し文、
次いで解説を加えた現代語訳を紹介します。


孫武

行軍篇 書き下し文

孫子曰わく、

凡そ軍を処(お)き敵を相(み)ること。
山を絶(わた)れば谷に依り、生を視て高きに処り、
隆(たか)き戦いては登ること無かれ。
此れ山に処るの軍なり。

水を絶れば必ず水に遠ざかり、
客(かく)、水を絶りて来たらば、
これを水の内に迎うる勿く、
半ば済(わた)らしめてこれを撃つは利なり。
戦わんと欲する者は、水に附きて客を迎うること無かれ。
生を視て高きに処り、水流を迎うること無かれ、
此れ水上に処るの軍なり。

斥沢を絶れば、惟だ亟(すみや)かに去りて留まること無かれ。
若(も)し軍を斥沢の中に交うれば、
必らず水草に依りて衆樹を背(はい)にせよ。
此れ斥沢に処るの軍なり。


平陸には易きに処りて而して高きを右背にし、
死を前にして生を後にす。
此れ平陸に処るの軍なり。

凡そ此の四軍の利は、黄帝の四帝に勝ちし所以なり。

凡そ軍は高きを好みて下(ひく)きを悪(にく)み、
陽を貴びて陰を賎しむ。
生を養いて実に処り、軍に百疾くんば、是れを必勝と謂う。

丘陵隄防には必ず其の陽に処りて而してこれを右背にす。
此れ兵の利、地の助けなり。
上に雨ふりて水沫至らば、
渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。


凡そ地に絶澗・天井(せい)・天牢・天羅・天陥・天隙あらば、
必ず亟かにこれを去りて、近づくこと勿かれ。
吾(われ)はこれに遠ざかり、敵にはこれに近づかしめよ。
吾はこれを迎え、敵にはこれに背(うしろ)にせしめよ。
軍行に険阻・潢井・葭葦(かい)・山林・えい翳薈(えいわい)ある者は、
必ず謹んでこれを覆索せよ。
此れ伏姦の処る所なり。

敵近くして静かなるは、其の険を恃むなり。
遠くして戦いを挑むは、人の進むを欲するなり。
其の居る所の易なるは、利するなり。
衆樹の動くは、来たるなり。
衆草の障多きは、疑なり。
鳥の起つは、伏なり。
獣の駭(おどろ)くは、覆なり。
塵高くして鋭きは、車の来たるなり。
卑くして広きは、徒の来たるなり。
散じて条達する者は、樵採するなり。
少なくして往来するは、軍を営むなり。
辞卑(ひく)くして備えを益すは、進むなり。
辞疆くして進駆するは、退くなり。
約なくして和を請うは、謀なり。
軽車の先ず出でて其の側に居るは、陳するなり。
奔走して兵を陳(つら)ぬるは、期するなり。
半進半退するは、誘うなり。
杖(つえつ)きて立つは、飢うるなり。
汲みて先ず飲むは、渇するなり。
利を見て進まざるは、労(つか)るるなり。
鳥の集まるは、虚しきなり。
夜呼ぶは、恐るるなり。
軍の擾(みだ)るるは、将の重からざるなり。
旌旗の動くは、乱るるなり。
吏の怒るは、倦(う)みたるなり。
馬に粟(ぞく)して肉食し、軍に缻(ふ)を懸くること無く、其の舎に返らざるは、窮寇なり。
諄々翕々(じゅんじゅんきゅうきゅう)として徐(おもむろ)に人と言(かた)るは、衆を失うなり。
数(しばしば)賞するは、窘(くる)しむなり。
数罰するは、困(つか)るるなり。
先に暴にして後に其の衆を畏るるは、不精の至りなり。
来たりて委謝するは、休息を欲するなり。
兵怒りて相い迎え、久しくして合せず、
又相去らざるは、必らず謹しみてこれを察せよ。


兵は多きを益ありとするに非ざるなり。
惟(た)だ武進することなく、力を併わせて敵を料(はか)らば、人を取るに足らんのみ。
夫れ惟だ慮(おもんぱか)り無くして敵を易(あなど)る者は、必らず人に擒にせらる。

卒、未だ親附せざるに而もこれを罰すれば、則ち服せず。
服せざれば、則ち用い難きなり。
卒、已(すで)に親附せるに而も罰行なわれざれば、則ち用うべからざるなり。
故にこれを令するに文を以てし、これを斉(ととの)うるに武を以てす。
是れを必取(ひっしゅ)と謂う。

令、素(もと)より行なわれて以て其の民を教うれば、則ち民服す。
令、素より行なわれずして、以て其の民を教うれば、則ち民服せず。
令、素より行わるる者は、衆と相い得るなり。

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孫武

行軍篇 現代語訳

およそ、様々な地形に対しての軍の配置と敵情の偵察について言いますと、

1:山を越えるには谷沿いに進み、高みを見つけては高地に布陣しましょう。
敵が高い場所にいる場合は攻め上ってはいけません。
これが山岳地帯での戦いで注意すべきことです。

2:川を渡り終えたら、必ずその川から遠ざかってください。
敵が川を渡ってきたときは、川の中で迎え撃ったりせず、
敵兵の半数を渡らせておいてから攻撃するのが有利です。
戦闘しようとする場合は、川岸で敵を迎え撃ってはいけません。
また、高い位置に布陣するようにし、下流から上流の敵を攻めてはいけない。
これが川のほとりでの戦いで注意すべきことです。

3:沼沢地・湿地帯を越える場合には、素早く通過するようにしましょう。
もし、このような場所で敵と交戦する羽目になった場合、
必ず飲料水と飼料の草がある近辺を占め、森林を背にして布陣します。
これが沼沢地・湿地帯での戦いで注意すべきことです。

4:平地では、足場のよい平坦な場所を占有し、
丘陵を右後方におき、低地を前方に、高地を後方に布陣しましょう。
これが平地での戦いで注意すべきことです。

およそこの四種の地勢(山、川、湿地、平地)における戦術的利益こそは、
黄帝が四人の帝王に打ち勝った原因なのです。

軍というものは高地は好んで低地を嫌い、
また、日当たりの良い所は尊んで、日当たりの悪い所は蔑むものです。
兵士の健康に留意して、水や草など補給物資の豊富な場所にいることで、
種々の病気が発生しないのが、必勝の軍です。

丘陵や堤防などでは、必ず日当たりの良い場所にいて、
丘や堤防が右手背後になるようにする。
これが戦いの上で利益であり、地形の援助なのです。

上流で雨が降り、水かさが増して川が泡だって流れているような時、
もし渡ろうとするなら流れが落ち着くまで待たなければなりません。

地形の中でも、
切り立って深い絶壁の谷間「絶澗」、
天然の井戸のように四方が高く中央が窪んだ土地「天井」、
入り口以外が山に囲まれ、脱出が難しい自然の牢獄のような「天牢」、
木が密生していて自然の網のように進むのが難しい「天羅」、
沼地で足を取られる天然の落とし穴のような「天陥」
山あいの細くて狭い天然の裂け目と言える「天隙」、
といった厄介な場所があるときは、必ず速やかに立ち去って近づいてはいけません。
味方はそこから遠ざかって、逆に敵はそこに近づくように仕向けるのです。
こちらはこれらの地に向かって攻撃、敵はこれらの地が背後になるように追い込んでやりましょう。
軍の近くに、険しい地形・池・芦の密生地・山林・草木の生い茂ったところがあるときには、
必ず念入りに、慎重に調べてください。
こういうところは伏兵がいる場所です。

敵が近くにいるのに静まり返っているのは、陣地の険しさをあてにしているからです。
敵が遠くにいるのに戦いを仕掛けてくるのは、こちらが進み出てきて欲しいからです。
敵が平坦な土地にいるのは、彼らが有利だからです。
多くの木々が揺れ動いているのは、森林の中を敵が進んでくるからです。
あちこちの草を結んで覆いかぶせてあるのは、伏兵がいると疑い惑わせるためです。
鳥が飛び立つのは、伏兵がいるからです。
獣が驚いて走り出すのは、伏兵がいるからです。
砂塵が高く舞い上がり、砂塵の先が尖っているのは、戦車部隊がやって来るからです。
砂塵が低く、一面に広がっているのは、歩兵部隊がやって来るからです。
砂塵があちこちで細く舞い上がるのは、薪を採っているからです。
砂塵が少ししか上がらず、兵が行ったり来たりしている宿営の準備をしているからです。
敵の使者の口上はへりくだっているのに守備を着々と増強しているのは、実は進撃しようとしているからです。
使者の口上が強硬で今にも進撃して来るかのように見せるのは、実は退却しようとしているからです。 
軽戦車が前面に出て、敵軍の両側に配置されていれば、陣立てしているのです。
敵が困窮している様子もないのに講和を申し出てくるのは、何か計略があって油断させようとしているからです。
敵が慌ただしく兵や戦車を配備しているのは、決戦を期しているからです。
敵が進んだり退いたりしているのは、こちらを誘い出そうとしているからです。
敵の兵が杖をついて立っているのは、食料が不足して飢えているからです。
水汲みに出た兵士本人が先に飲んでしまうのは、飲料水が不足しているからです。
敵が有利な状況なのに進んでこないのは、疲労しているからです。
鳥が敵陣の上に集まっているのは、そこに人間がいないからです。
夜、敵陣から大声で呼び交わす声がするのは、敵兵が怖がっているからです。
敵軍が乱れ、騒がしいのは、敵将に威厳がないからです。
敵の旗が揺れ動いているのは、敵軍の秩序が乱れているからです。
上官が部下を怒鳴り散らすのは兵士たちが戦いに飽きてくたびれているからです。
馬に兵士の食料を食べさせ、兵士は牛馬を殺して食べる、
炊事道具を片付け、兵舎に戻ろうともしない様子であれば、
それは窮地に陥り死に物狂いになっているからです。
下手に出て丁寧にゆっくり兵士に話しかけているのは、部下の心が離れているからです。
度々賞を与えているのは、行き詰まって苦しんでいるからです。
度々罰を与えているのは、苦境を脱したくて苦しんでいるからです。
初めは乱暴に兵士らを扱いながら、後から兵士たちの離反を恐れるのは、
配慮が足りていないことの至りです。
わざわざ敵の使いがやってきて穏やかに詫びごとを言う。
それはしばらく休戦して軍を休ませたいからです。
敵がいきり立って攻め寄せ、対峙するもしばらく経っても戦おうとしない、
また、撤退するでもない。
こんな場合は何か意図があるのです。
必ず慎重に観察せねばいけません。

兵の数が多ければ良いというものではありません。
ただ猛進するのではなく、味方の戦力を集中し、
敵情をはかることが十分であれば敵を攻め取ることができます。
そもそも、思慮が浅く、敵を侮っている者は、必ず敵の捕虜にされることでしょう。

兵士たちがまだ将軍に親しみ懐いていないのに懲罰を行なうと、
彼らは心服しなくなってしまいます。
心服していない者は使いにくいです。
ところが、兵士たちがもう親しみ懐いているのに懲罰を行なわないでいると、
彼らを用い、働かせることもできません。
そんなんわけで、兵に対しては徳をもって教育し、軍令をもって統制する。
これが必勝の軍、敵を必ず攻め取る方法であると言えるのです。

法令が普段からよく守られていて、動員した兵たちに命令、教育するのであれば、
兵士たちは服従します。
法令が普段からよく守られていないのに、兵士たちに命令するのでは、
兵士たちは服従しません。
日頃から法令が徹底していてこそ、
将軍と兵士は心が通じあい、信頼を勝ち取ることができるのです。

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孫武

行軍篇 解説とまとめ

まとめますと、

この篇では
行軍の秘訣、
現象を観察することで見えてくる状況の解説、
将と兵の信頼関係と軍令遵守の重要さ
について述べられています。
順に見ていきましょう。

最初は行軍の秘訣について、
まずは、山、川、湿地、平地の4つのフィールドでの戦いにおける、布陣の注意点でした。
ポジション取りで優位に立つことが重要であり、
戦いやすい場所で相手を迎え撃つようにしましょうということです。

いずれも、相手を上から攻め下ろす立場に立ち、
自分のいるところは足場が盤石で、
飲料水や飼料といったインフラがしっかりしているところにいるように。
と注意しています。
高い位置にいれば、俯瞰して相手の全体像をつかめますし、
また、重力を味方につけることができます。
そして、足場がしっかりしていないと攻撃に専念できないので、
不安要素のできるだけないところで戦え。という教えですね。

栄養をしっかりとって十分に休養し、いい環境に身を置くことで、
病気にならず健康であることにより十分に戦い勝てるのです。
健康管理も仕事のうち、とかいえばパワハラとか言われそうな昨今ですが、
これは働く人それぞれ各自の責任だと思います。

またこんなところは危険なので避けろという場所がありました。
どれも聞きなれないお名前なのでおさらいすると、

  • 絶澗 … 切り立って深くて険しい谷間。
  • 天井 … 四方が高くて中央が窪んでいる、天然の井戸のようなところ。
  • 天牢 … 入り口以外は山に囲まれて脱出が困難な、天然の牢獄。
  • 天羅 … 灌木が密生して進みにくいところ、天然の網。
  • 天陥 … 沼地で足を取られてしまうところ、天然の落とし穴。
  • 天隙 … 山間の細くて狭いところ。天然の隙間。
  • 険阻 … 険しい場所。「嶮岨」とも書きます。
  • 潢井 … 水たまりと井戸、池。「潢」は、水たまりのことです。
  • 葭葦 … 葦(あし)の密生地。
  • 山林 … 山林。これはそのまま。
  • 翳薈 … 草木の生い茂っているところ。

必殺技の名前っぽいですが、
これらは近づいてはいけません。

逆にうまいこと、こういった土地に敵を誘い込み、
敵がハマって動けないところをボコすようにとのことです。
動けない状態にして攻撃する、弱点を攻めるというのは卑怯ではありません。
戦術です。勝てる状態を作って勝つのです。
私は幼い頃、るろ剣を読んで学びました。
大事なことは大体、るろ剣で学んだといっても過言ではありません。

また、険しい地形や池、葦や木、草が生い茂ったところは、
敵が隠れているのでしっかり調べなはれ。と言っています。


次に現象から敵の状況を読み取れという内容。
「おー、鳥が飛んどる飛んどる。」とかぼやっとのんきに見ている場合ではないのです。
現象には必ず原因があり、
敵の陣で起きていることは付近で起きる現象から敵情の予測ができます。
予測ができれば作戦の立案ができ、対策も取れます。
また、そのセオリーがわかっていれば、
逆に利用して現象を演出して相手を惑わせることも可能です。
前々から出ている「兵は詭道」の通りですね。

例は上記の書き下し文や現代語訳の通り色々と出ていますが、
敵軍の動きや、鳥獣や木々の様子、砂塵、使者の態度など、
いずれもなるほど、と画が浮かび理に適っていると思います。
あえて乗って泳がせて油断したところを取るもよし、
相手のピンチをこれはチャンスと攻め落すもよし、
敵の様子がわかればこっちのものです。
ただし、敵にもブレーンがいて「孫子」を知っているはずなので
つまるところは化かし合いの駆け引きではあるでしょうね。
慎重に観察しましょう。


最後にリーダーとメンバーの信頼関係。
今の時代よりも古代は人間関係は支配的でシビアなので、
まさに「賞罰」という厳しめの感じですが、
現代でも良好な人間関係無くして仕事は回らないことは同じです。

信頼関係があるからメンバーが動いてチームが機能するわけですが、
優しいだけだったり、なあなあな関係、
逆に、押さえつけられて心理的安全性がない職場では信頼関係が生まれず、
ルールの遵守があってこそ各自がメリハリを持って働けるようになるわけですね。

これ、余計なトラブルや衝突がないように、
上の立場になると、つい権限を使って丸く収めようとしがちなので
注意しないといけませんね。
難しいところですが。

『孫子』十三篇

参考文献
・孫子 ー「兵法の真髄」を読む(中公新書) 渡邉義浩 著

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