兵家 孫子の兵法

39 孫子 十三篇 研究 7 -軍争編 敵を出し抜き、先に現場で待ち受けろ!-

2024年3月27日

兵法書『孫子』の研究第7回。
敵よりも先に戦場に入って機先を制して有利な態勢をとることを説いています。
有利なポジションに立つために、どのような行動を心がけるか。
そして日本でも有名なあの言葉もここで登場します。

孫武

まずは書き下し文、
次いで解説を加えた現代語訳を紹介します。


孫武

軍争篇 書き下し文

孫子曰わく、

凡そ用兵の法は、

将、命を君より受け、軍を合し衆を聚(あつ)め、
和を交えて舎(とど)まるに、軍争より難きは莫(な)し

軍争の難きは、迂を以て直と為し、患を以て利と為す。
故に其の途を迂にしてこれを誘うに利を以てし、人に後れて発し、人に先きんじて至る。
此れ迂直の計を知る者なり。

故に軍争は利たり、軍争は危たり。
軍を挙げて利を争えば則ち及ばず、
軍を委(す)てて利を争えば則ち輜重捐(す)てらる。

是の故に、
甲を巻きて趨(はし)り、日夜処(お)らず、道を倍して兼行し、
百里にして利を争うときは、則ち三将軍を擒(とりこ)にせらる。
勁(つよ)き者は先きだち、
疲るる者は後れ、其の法、十にして一至る。
五十里にして利を争うときは、則ち上将軍を蹶(たお)す。
其の法、半ば至る。
三十里にして利を争うときは、則ち三分の二至る。
是の故に軍に輜重なければ則ち亡び、
糧食なければ則ち亡び、
委積(いし)なければ則ち亡ぶ。


故に諸侯の謀(はかりごと)を知らざる者は、予め交わること能わず。
山林・険阻・沮沢(そたく)の形を知らざる者は、軍を行(や)ること能わず。
郷導を用いざる者は、地の利を得ること能わず。

故に兵は詐を以て立ち、

利を動き、分合を以て変を為す者なり。
故に其の疾(はや)きこと風の如く、
其の徐(しずか)なることは林の如く、
侵掠することは火の如く、
動かざることは山の如く、
知り難きことは陰の如く、
動くことは雷震の如く
にして、
郷を掠(かす)めて衆を分かち、
地を廓(ひろ)めてには利を分かち、
権を懸けて動く。
先ず迂直の計を知る者は勝つ。
此れ軍争の法なり。

軍政に曰わく、
言うとも相い聞えず、故に金鼓を為(つく)る。
視(しめ)すとも相い見えず、故に旌旗を為る、と。

夫れ金鼓・旌旗は人の耳目を一にする所以なり。
人既に専一なれば、
則ち勇者も独り進むことを得ず、
怯者も独り退くことを得ず。
此れ衆を用うるの法なり。
故に夜戦に火鼓多く、昼戦に旌旗多きは、人の耳目を変うる所以なり。

故に三軍には気を奪う可く、将軍には心を奪う可し。
是の故に朝の気は鋭、
昼の気は惰、
暮れの気は帰。
故に善く兵を用うる者は、其の鋭気を避けて其の惰帰を撃つ。
此れ気を治むる者なり。

治を以て乱を待ち、静を以て譁(か)を待つ。
此れ心を治むる者なり。
近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ。
此れ力を治むる者なり。

正々の旗を邀(むか)うること無かれ、
堂々の陳(じん)※陣 を撃つこと勿かれ。
此れ変を治むる者なり。


故に用兵の法は、
高陵に向う勿れ、丘を背に逆(むか)う勿れ、
佯(いつわ)り北(に)ぐるには從う勿れ、
鋭卒には攻むる勿れ、餌兵には食らう勿れ、
歸師(きし)には遏(とど)むる勿れ、
圍師(いし)には必ず闕(か)き、
窮寇(きゅうこう)には迫る勿れ、
此れ、用兵の法也。


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孫武

軍争篇 現代語訳

およそ戦闘を行う原則は、
将軍が君主の命令を受けて一国の軍を編成して兵士を集め、
敵軍と対陣して宿営するまでの過程で、
戦場への軍を先着させ機先を制する争い、軍争 ほど難しいものありません。

軍争の難しさは、
自軍が遠くにいるように敵に見せかけて、実は道程を近くし、
不利な状態にあるように見せて油断させ、実は有利な状態にすることにあります。
だから、遠くの道を行くように思わせて、敵を利益で誘い出し、
敵よりあとに出発しながら敵よりも先に戦場に到着する。
これが、「迂直の計」(遠回りの道を近道に変える計略)を知る者なのです。

軍争はうまくやれば利益となりますが、下手をすると危険をもたらします。
もし全軍をあげて戦場に先着する利益を得ようと争うならば、
大軍では機敏に動けず、先に戦場に到着できない。
軍全体にかまわずに利益を得ようと争えば、
兵器や兵糧を輸送する部隊を捨ててしまうことになる。

こうしたわけで、重い鎧を脱いで背負って走り、
昼夜休まず道のりを倍にして強行軍を続け、
百里先で利益を得ようと争えば、上軍・中軍・下軍の三将軍そろって捕虜にされてしまい、
強健な兵士だけが先行し、疲労した兵士は遅れます。
その結果到着するのは十分の一になってしまいます。
同じ方法で、五十里先で利益を得ようと争えば、先鋒の上将軍を敗死させ、半分が到着するにとどまる。
同じ方法で、三十里先で利益を得ようと争えば、三分の二だけが到着する。
このように、軍が輸送部隊を失えば敗れるし、
兵糧を失えば敗れるし、財貨の蓄えを失えば敗れるのです。
そこで、近隣諸侯たちの腹の内がわからないのでは、
前もって同盟することはできません。
また、山林・険しい地形・沼沢地などの地形がわからないのでは、軍を進めることはできない。
そして、その土地の案内役を使えないのでは、地形の利益を得ることはできないのです。

軍事行動は敵をあざむくことを基本とし利益を求めて行動し、
部隊の分散と集合の戦法を用いて臨機応変の処置を取るのです。
つまり、疾風のように迅速に進撃し、
林のように静まり返って待機し、
火が燃え広がるように激しく侵攻し、
山のようにどっしり動かず、
暗闇のように態勢を隠し、
雷鳴のように動く。
郷里から物資を奪いとる時は兵を分散させ、
占領地を拡大するときは利益を兵に分け与え、
物事の軽重を計って動きます。
先に遠回りの道を近道に変える、迂直の計を知っている者が勝つ。
これが軍の法なのです。

古い兵法書には、
「口で命令しても聞こえないから、鐘や太鼓で伝達せよ。
手で指し示しても見えないから、旗やのぼりを使え。」
とあります。
そもそも、鳴り物や旗といったものは、兵の耳目を統一するものです。
兵士たちの意識が統一されていれば、
勇猛な者でも勝手に進むことはできず、臆病な者でも勝手に退くことはできない。
これが大部隊を働かせる方法です。
だから、夜の戦いにはかがり火や太鼓をたくさん使い、
昼の戦いには旗やのぼりをたくさん使って兵士たちの耳目を変えるためなのです。

これは敵兵の耳目も欺くことにも利用できるので、
敵軍の士気を奪い取ることができ、
敵将の心を奪い取ることもできます。
兵は朝方は士気が鋭く、
昼頃には士気は衰え、
夕暮れともなれば気力も尽きてしまうものなので、
戦上手な人は、その鋭い士気を避け、衰えて怠け出したところを撃ちます
それが気力をうまく利用して打ち勝つものです。
味方が整った状態で混乱した相手に当たり、味方が冷静な状態で相手がざわめいた相手に当たる。
それが心をうまく利用して打ち勝つものです。
戦場の近くにいて、遠くからやってくる敵を待ちうけ、
十分休まった状態で疲労した相手に当たり、お腹いっぱいの状態で飢えた相手に当たる。
それが力をうまく利用して打ち勝つものです。
整った旗並びで進撃してくる敵には戦いを仕掛けてはいけません。
堂々と充実した陣を構えてやってくる敵には攻撃してはいけません。 
これが変化をうまく利用する者なのです。

そのため、戦いの原則としては、
高地にいる敵を攻めてはならない。
丘を背にした敵を迎撃してはならない。
偽りの退却を追撃してはならない。
鋭い気勢の敵兵を攻撃してはならない。
囮の兵につられてはならない。
逃げ帰ろうとしている敵を遮ってはならない。
敵の大部隊を包囲したら必ず逃げ道を開けておかなければならない。
窮地に陥った敵を追い詰めてはならない。
これが戦いを行う場合の原則なのです。

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孫武

軍争篇 解説とまとめ

まとめると、
戦場に敵よりも早く入って待ち受けることが勝利に繋がりますが、
その先着して機先を争う「軍争」がとても難しい。
強行軍で無理して急いで向かうのは危険な賭けでリスクが大きいのです。

ではどうするのかというと、やはり相手を出し抜いて有利に立つにはどうすればいいかを考えます。
遠くにいるように見せて油断させたり、利益を見せて足止めしたり、
敵より後に出発しながら先に到着する、
遠回りを近道に変える「迂直の計」が重要です。
相手を出し抜きたいところですが、下手を打つと逆に出し抜かれてしまうので、
それだけ軍争は難しく危険が伴います。
いかにうまく立ち回るかが大切なのです。

そんなわけで、「兵は詐を以て立つ」
つまり敵をあざむくことを基本とし、
利益を求めて行動し臨機応変の戦法を用います
それこそが、武田信玄で有名な「風林火山」。
信玄は四文字で旗印としていましたが、
オリジナルの「孫子」では、「風林火山陰雷」の六文字です。
意味は上記の現代語訳の通りですが、
どのアクションも遅れをとっていたり焦っていてはできない仕事。
戦いの場において、
どうやって心に余裕を持ち、
ポテンシャルを発揮できるような万全の状態に仕上げるか。
というところが大事ですね。
つまるところ、いかに早く仕事を始められる準備を完了するか=軍争 ということです。
また、指揮や情報伝達の重要性も述べています。
紀元前では太鼓や旗でしたが、今はITなどのコミニュケーションツールでしょうね。
情報の共有と伝達により、前後もわからない混戦状態になっても乱されることがなく、
打ち破られることがないのです。

戦い=欺き合いだと書いていましたが、
つまるところ相手に比べていかに優位に立つかというマウント合戦。
相手の気力を奪い、優位な状態で戦えということなので、
逆にこんな敵とは戦うな、戦うときにはこれはやっちゃダメ。
という原則も教えてくれています。

春秋時代の戦争のような、どつきあいの戦いは現代ではなかなかありませんが、
お仕事やライバルとの競争でも応用でき、気をつけたいことが色々とありますね。

『孫子』十三篇

参考文献
・孫子 ー「兵法の真髄」を読む(中公新書) 渡邉義浩 著

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