兵家 孫子の兵法

35 孫子 十三篇 研究 3 -謀攻編 え?まだ戦で消耗してるの?&お偉いさんは現場に来んな。-

2024年3月18日

兵法書『孫子』の研究第3回。
第3篇の謀攻篇 について書いていきましょう。
戦力を消耗しないよう、謀略による攻撃を説き、
またいい勝ち方とはどういう勝ち方なのかもレクチャーする篇です。
孫子の兵法のキモについて述べており、
名言も飛び出します。

孫武

まずは書き下し文、
次いで解説を加えた現代語訳を紹介します。


孫武

謀攻篇 書き下し文

孫子曰わく、

凡そ用兵の法は、
国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。
軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。
旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。
卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。
伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。

是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。
戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり

故に上兵は謀を伐(う)つ。
其の次は交を伐つ。
その次は兵を伐つ。
その下は城を攻む。
攻城の法は、已(や)むを得ざるが為なり。

櫓・轒轀(ふんうん)を修め、
器械を具(そな)うること、
三月(さんげつ)して後に成る。
距闉(きょいん)又た三月にして後に已む。

将、其の忿(いきどお)りに勝(た)えずして
これに蟻附(ぎふ)せしめ、
士を殺すこと三分の一にして、
城の抜けざるは、此れ攻の災いなり。

故に善く兵を用うる者は、
人の兵を屈するも、戦うに非ざるなり。
人の城を抜くも、攻むるに非ざるなり。
人の国を毀(やぶ)るも久しきに非ざるなり。
必らず全きを以て天下に争う。
故に兵頓(つか)れずして利全うす可(べ)し。
此れ謀攻の法なり。

故に用兵の法は、
十なれば則ち之を囲み、
五なれば則ち之を攻め、
倍すれば則ち之を分かち、
敵すれば則ち能(よ)く之と戦い、
少なければ則ち能くこれを逃れ、
若(し)からざれば則ち能くこれを避く。
故に小敵の堅は、大敵の擒(とりこ)なり。


夫(そ)れ将は国の輔(ほ)なり。
輔、周なれば則ち国必ず強し。
輔、隙あれば則ち国必らず弱し。

故に君の軍に患(うれ)うる所以(ゆえん)の者には三あり。

軍の以って進む可からざるを知らずして、
之に進めと謂い、
軍の以って退く可からざるを知らずして、
これに退けと謂う。
是を軍を糜(び)すと謂う。

三軍の事を知らずして
三軍の政を同じくすれば、則ち軍士惑う。

三軍の権を知らずして
三軍の任を同じうすれば、則ち軍士疑う。

三軍既に惑い且つ疑わば、則ち諸侯の難至る。
是を軍を乱して勝を引くと謂う。

故に勝を知るに五有り。
以って戦う可きと、以って戦う可からざるとを知る者は勝つ。
衆寡の用を識る者は勝つ。
上下の欲を同じうする者は勝つ。
虞を以て不虞を待つ者は勝つ。
将の能にして君の御せざる者は勝つ。
この五者は勝を知るの道なり。

故に曰わく、
彼を知りて己を知れば、百戦して殆(あや)うからず。
彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。
彼を知らず己を知らざれば、戦う毎(ごと)に必らず殆うし。


===



孫武

謀攻篇 現代語訳

およそ、軍を用いる原則としては、
敵国を保全したまま降伏させるのが最上の策で、
敵国を撃破して勝つのは次善の策です。

敵の軍団(12,500人)を保全したまま降伏させるのが上の策で、
敵の軍団を撃破して勝つのは次善の策。

敵の旅団(500人)を保全したまま降伏させるのが上の策で、
敵の旅団を撃破して勝つのは次善の策。

敵の中隊(100人)を保全したまま降伏させるのが上の策で、
敵の中隊を撃破して勝つのは次善の策。

敵の小隊(五人)を保全したまま降伏させるのが上の策で、
敵の小隊を撃破して勝つのは次善の策。

したがって、100回戦って100回勝つのは最善ではありません。
戦わずに敵を屈服させることこそ、最善の策なのです。

なので、
最高の戦い方は、敵の計略を未然に打ち破ること。
その次は、敵国の同盟関係を分断させ孤立させる。
その次は、敵国の軍隊との交戦。
最もまずいのが、敵の城を攻めることです。
城を攻めるという方法は、他に手段がなくてやむを得ずに行なうもの。

大盾や装甲車を用意したりと、
攻城兵器を準備するには三か月かかり、
攻撃のための陣地を築く土木作業もまた、
三か月の期間が必要となる。

将軍が怒りの感情をこらえきれず、
準備もままならないままに、
兵をアリのように城壁をよじ登って攻撃させ、
その三分の一を戦死させても城が落とせない。
こういうのが、城攻めあるあるの災難です。

そんなわけで、
用兵が上手な人は、
敵軍を屈服させても、武力によって成し遂げたわけでなく、
敵の城を落としても、攻城戦によったものではなく、
敵国を滅ぼしても、決して長期戦には持ち込まない。
必ず敵の国土や戦力を保全したまま勝つやり方で、
天下に勝利を争うのです。

そうするからこそ、
自軍も疲弊せずに完全な利益を獲得できるというわけです。
これが、策謀で敵を攻略する原則です。

そこで、戦争の原則としては、
味方の兵力が敵の10倍であれば敵を包囲し、
5倍であれば敵を攻撃する。
2倍であれば敵を分断して攻撃し、
対等ならば戦い、
こちらが少なければ退却する。
全く兵力が敵わないようであれば、敵を回避して戦わないことです。

少数の兵で頑固に戦いを挑めば、
数に分がある敵の大部隊の捕虜になるだけですよ。

そもそも将軍というものは、国家の補佐役です。
補佐役と主君が親密なら国は必ず強くなりますが、
補佐役と主君との間に溝があるようなら国は必ず弱くなります。
そこで、君主が口出しすることで起こりがちな問題、
その原因となることが三つあります。

その1、
軍が進むべきでないタイミングなのに、
君主が知らないくせに進撃を命じる。
逆に、退却すべきでないのに、退却を命令する。
これを「軍を糜す」(軍の行動を縛る)と言います。

その2、
軍の内情を知らないのに、
君主が将軍と同等に軍政に介入する。
現場の指揮者が混乱します。

その3、
軍隊の臨機応変の処置を知らず、
将軍と同等に軍の指揮を取ろうとする。
兵士達はどちらの指揮に従えば良いか分からず、
不信感を持ってしまいます。

軍隊が迷って疑うことになれば、
外国の諸侯たちがここぞとばかりに兵を挙げ、
攻め込んでくるという災難が生じることになります。
こういうのを「軍を乱して勝ちを失う」=敵に勝利させる。というのです。

そんなわけで、
あらかじめ勝利を知るのに五つの点があります。
(一)戦うべき場合と戦ってはならない場合とを判断できる者は勝つ。
(二)大兵力と小兵力、それぞれの運用法を知っている者は勝つ。
(三)上の者と下の者が意思統一できて、同じ目的を持つことに成功している者は勝つ。
(四)前もってしっかり準備ができていて、備えができていない敵がノコノコやってくるのを待ち受ける者は勝つ。
(五)将軍が有能で君主が余計な干渉をしない者は勝つ。
これら五つの要点こそ、勝利を予知するための方法です。

したがって、次のように言います。
敵の実状を知り、自らの実情も知っていれば100回戦っても危なくない。(負けることはない。)

敵の実情を知らず、自らの実状だけを知っていれば勝ったり負けたりする。

敵の実情を知らず、自らの実状も知らなければ戦うたびに必ず危険に陥る。




孫武

謀攻篇 解説とまとめ

そんなわけで謀攻篇でした。

内容をまとめると、
今まで何度もお伝えした通り、
戦争は金食い虫であり、
いざ戦うと勝うとこちらも消耗します。

そうなると、ドンパチやるのは非効率。
賢い戦いかたとしては、
根回しと謀略で敵の計画を潰して交戦せずに勝つのがベスト。
その次にいいのが敵の同盟関係を断つ工作で孤立させて降参させる。
その次は敵軍と交戦して泣かす。
一番ダメなのは敵のホームに攻め込むこと。

敵のフィールドで戦うのは地の利や勝手が敵にあって、
こっちがアウェイな上に準備も大変。
非常にコスパが悪いのです。
また、戦って敵を焼け野原のボロボロにしても得るものが少ない。

戦いにおいては百戦百勝がベストでなく、
勝つなら敵国・敵軍いずれもなるべくダメージ少なく、
そっくりそのままいただきましょう。というわけですね。

段取りと根回しで勝つ考え方、とっても大好きです。


また、相手との兵力差に合わせた戦い方も興味深いです。
圧倒的にこちらが強いなら囲んでボコす。
ちょっと多ければ、分断させてボコす。
少なければ逃げる。
敵わなければ隠れて避ける。

「やあやあ我こそは」と正面切ってぶつかったり、
「負けられない戦いがあるんだぁ!」というのではなく、
戦うなら、こっちが有利なマウントを取る。
不利ならば戦わない。
クレバーに、戦わずに勝てる動きをしましょうね。
という感じ、とても理にかなっています。

古代中国や戦国ものでは、
例えば三国志のように、超つよの英雄がよく登場しますが、
全くそういうのは想定せず、
普通の人たちと普通の人たちが、
戦って勝つにはどうするかがテーマなのがリアルです。


また、君主による介入について、
辛辣に釘を刺しているのが面白いです。

邪魔だから口出しするな、現場に来るな。とはっきり言ってるので、
これを言われたら、流石に王様へこみますよね。
でも確かに、わかってないお偉いさんがわざわざ来て、
現場が困るっていうのはあるあるです。
特に災害の時とか。
2500年経っても、変わらないものだなと思います。

その次はこの篇のまとめとも言える、
勝てるリーダー、戦いの5か条。
今一度紹介すると、

(一)戦うべき場合と戦ってはならない場合とを判断できる者は勝つ。
(二)大兵力と小兵力、それぞれの運用法を知っている者は勝つ。
(三)上の者と下の者が意思統一できて、同じ目的を持つことに成功している者は勝つ。
(四)前もってしっかり準備ができていて、備えができていない敵がノコノコやってくるのを待ち受ける者は勝つ。
(五)将軍が有能で君主が余計な干渉をしない者は勝つ。

これも非常に勉強になりますね。
最後にもう一回、王様はしゃしゃり出てくんなと言っているのが味わい深いですが、
状況に応じて柔軟に判断、行動し、
チームのモチベーションは高く、
そして準備して、万全の体制で敵を待ち受ける。
これはもう、勝てるわ。って感じですね。


そして、最後に名言がきました。

彼を知りて己を知れば、百戦して殆(あや)うからず。

普段の生活の中で言ってみたいフレーズの上位に食い込む一言です。
「孫子といえば」の言葉なので、
ご存知の方も多いかと思いますが、この謀攻篇に登場する言葉でした。
ぜひ、使ってみてくださいね。

ちなみにそのほかの言ってみたいフレーズも、
『孫子』には今後登場しますので、ご期待ください。
多分!

『孫子』十三篇

参考文献
・孫子 ー「兵法の真髄」を読む(中公新書) 渡邉義浩 著

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