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115 気になる日本文学シリーズ 坂口安吾「夜長姫と耳男」④

気になる日本文学シリーズ。
「夜長姫と耳男」第四回。

引き続きストーリーをこねくり回していきます。





昭和の文豪・坂口安吾
たくさんの名作をのこした彼の作品のなかでも傑作といわれる本作。
古代史や飛騨地方への興味・関心が反映され、
また、安吾の芸術観、恋愛観が色濃く反映された作品とされております。

文学作品となりますので、本来は実際の文章を読んで頂きワールドを感じていただきたいところ。
坂口安吾作品の多くは、「青空文庫」で気軽に読めます。

青空文庫「夜長姫と耳男」


主人公 耳男 の一人称で話が展開していきますが、
生々しい情景描写や安吾らしい引き込まれる文体、
また「ヒダ」や「タクミ」というように独特なカタカナ使いによる異世界感もあって、幻想的で不思議な魅力を演出しています。

字を読むのが苦手だなー。という方や忙しい方は、
移動中や通勤・通学のお供に YouTubeとかで朗読を聞くのもいいですね。

坂口安吾






はい、まず前回のあらすじです。

木工王国の飛騨(作中では「ヒダ」)
数多くの匠(タクミ)達の中でも三名人と呼ばれる実力者たちが、
夜長の里を治める 夜長の長者 により、一人娘の・夜長姫 の護身仏を彫るために招かれます。

三名人の一人で、ヒダ随一の腕前といわれている主人公・耳男(みみお)の師匠。
彼は高齢のため招きを辞退しますが、耳男が推薦され、里へ行くのでした。

タクミ達が揃いった酒宴の場で起きた諍いにより、優勝賞品の美女・江奈古(エナコ)に耳を切られた耳男。
その出来事の後、仕事を始めようとしたところに呼び出しをくらい、
エナコがおイタが過ぎたので、被害者の耳男の手で首をはねて死罪にしろ。とのこと。

それを拒みエナコの縄を切ってやった耳男でしたが、
ヒメからすれば耳男もエナコも虫けら同然なので、
エナコに命じて耳男のもう一方の耳を切らせます。

ヒメはわっくわくで見てましたが、事が終わるとソッコー飽きて立ち去り、
残された耳男の両目には大粒の涙がたまっていたのでした。


今回もセリフや表現など、実際の文章を引用しながらなるべく端折らずストーリーを追って行きますね。
チャプター見出しナビゲーターは、ひきつづき夜長の長者の使者 アナマロ です。

アナマロ


アナマロ

戦いの三年間。


なりゆきで残る耳も切られるハメになった耳男、頭から離れないあの時のヒメの笑顔。
それを押し返すように仕事に打ち込みます。

納期はヒメが16歳になる年のお正月で、その3年間はさながら戦いの歴史。
小屋にとじこもって必死にノミを振るう耳男ですが、
目に残るヒメの笑顔に押されつづけ、
あの時自然に見とれてしまったことから心の中では、

「どのようにあがいても所詮勝味がない」

と正直思いつつ、
是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつくらなければ。とあせるのでした。
恋じゃん。


ひるむ心が起こった時には、
十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴び、
ゴマをたくことから思いついて、松ヤニをいぶし、
足のウラの土フマズに火を当てて焼いたり
と、涙ぐましい努力で心をふるい起して、あの笑顔わや押し返すため、襲いかかるように仕事にはげむのでした。


耳男が制作をしている小屋のまわりはジメジメした草むらで蛇の棲家。
小屋の中に入ってくる蛇を捕まえては、

「蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれ」

と、ひっさいて生き血を飲み、死体を天井に吊します。

心がひるむたびに草むらにでて蛇をとり、ひ生き血をしぼって一息にあおり、
のこりの血は造りかけのモノノケの像にしたたらせる。
日に七匹、また十匹ととったので、一夏を終らぬうちに草むらの蛇は絶え、その後は山に入って日に一袋の蛇をとる毎日。
心ひるみすぎ。

なお、耳男は特別な訓練を受けていますので、皆さんはマネしないようにしてください。
細菌感染など健康に重篤な影響を与える場合があります。


蛇取りマシーンと化した耳男のルーティーンにより、
小屋の天井は吊るした蛇の死体でいっぱい。
ウジがたかり、臭気がたちこめる壮絶なインテリア。
しかも冬がくるとカサカサと風に鳴るという、季節感も楽しめる個性的な癒し空間になりました。

私、インテリアコーディネーターの資格持ってますけど、
ちょっとこれは提案しかねますね。


耳男は、吊るした蛇がいッせいに襲いかかってくるような幻を見ると、
蛇の怨霊がこもって、自分が蛇の化身となって生れ変った気がして力が湧きます。

1番の被害者はヘビなわけですが、
ヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信もなく、
自分の力だけでは足りないことをさとっているため、こうしなければ仕事を続けることができない状態。

それと戦う苦しさに、
「オレの心がヒメにとりつく怨霊になればよい」
と念じます。
しかし、仕事の大事なところにさしかかると必ず一度はヒメの笑顔に押されているヒルミに気がついたのです。


三年目の春、七分通りできあがって仕上げの大事なところ、
蛇の生き血に飢えていた耳男は、
山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、
「胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落して、その血を像にしたたらせ」ます。

「血を吸え。そして、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」


像は耳の長い何ものかではあるものの、もはや、
モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、作ってる本人にも得体が知れないものになり、
ただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足なのでした。
予定通り、「クライアントの意向はガン無視」ですが、すごいのができそうです。

なお、当たり前のことですが、生き物の命はくれぐれも大切にしてください。
絶対マネしないようにお願いします。

余談ですが、山で鳥獣を捕獲するには狩猟免許が必要と思われがちですが、
狩猟免許とは、「法定猟具(銃、網、わな)を使用して狩猟するための免許」であり、
素手、石、ナイフなど法定猟具以外を使用しての狩猟行為については免許が必要とされているわけではないそうです。
まあ、普通に無理ゲーですけど。



秋の中ごろにチイサ釜が完成。
秋の終りには青ガサも仕事を終えますが、
耳男は冬になって、ようやく像を造り終えます。
残り少ない期間で厨子(ずし・仏像を入れるケース)に取り掛かり、寝食も忘れ、ギリギリの大晦日の夜に完成。

手の込んだ細工はできませんでしたが、扉に花鳥をあしらい、姫の調度にふさわしく可愛らしいデザインにしました。
扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎる。とのこと。


深夜、人手をかりて運びだし、チイサ釜と青ガサの作品の横へ並べます。
耳男はとにかく満足で、小屋へ戻り毛皮をかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけたのでした。



アナマロ

あけましておめでとう。

 

夜が明け、戸を叩く音に目をさます耳男。
陽はかなり高く、今日がヒメの十六の正月と気づきます。

執拗につづく戸を叩く音に、食物を運んできた女中だと思った耳男は、

「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。
オレには新年も元日もありやしねえ。
ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱくして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」

と邪険にしますが、一言二言言葉を交わし、
忘れることのできない特徴のある抑揚から、声の主はヒメだと直覚。

にわかに全身が恐怖のために凍り、
どうしてよいのか分らずウロウロとむなしく時間を費します。


「私が居るうちに出ておいで。
出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」


と、ヒメは静かな声で言うと、
侍女に命じて、
戸の外に積ませた枯れ柴に着火オンファイアーしようとします。
出てこないなら燃やすという発想がヤバすぎです。


はじかれたように戸をあける耳男、
開いた戸から風が吹きこむように、
ニコニコと小屋の中へはいってきたヒメは三年のうちにヒメの顔も体も見ちがえるようにオトナになっていましたが、
無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じように澄みきった童女のものでした。

侍女たちは小屋の中をみてドン引きですが、
ヒメだけはたじろわず珍しそうに室内と天井を見まわします。

無数の骨となってぶらさがった蛇。
足元にも落ち崩れた無数の骨。

「みんな蛇ね」

ヒメの笑顔が生き生きと感動がかがやきます。

垂れ下っている蛇の白骨をとろうとヒメが手をのばすと、
白骨は肩に落ちくずれました。
それを軽く手で払い、落ちた物には目もくれず、
目に見えるもの全てが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子。

「こんなことを思いついたのは、誰なの? 
ヒダのタクミの仕事場がみんなこうなの? 
それとも、お前の仕事場だけのこと?」

「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」

耳男の答えにヒメはうなずきもしませんでしたが、
満足のために笑顔は冴えかがやきます。

三年昔、耳男が最後にみたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔でしたが、小屋では笑顔の絶えることがありませんでした。


「火をつけなくてよかったね。
燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」


ヒメは全てを見終ると満足して呟き、

「でも、もう、燃してしまうがよい」

と侍女に命じて枯れ柴をに火をかけさせ、
小屋は煙につつまれて一時にどッと燃えあがりました。


それを見とどけると、

「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。
ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」

と明るい無邪気な笑顔でヒメは耳男に言って立ち去りました。
あ、お気に召したのね。




耳男は侍女にみちびかれて入浴。
「いよいよヒメに殺されるのだ」と考え、恐怖のために入浴中からウワの空。

耳男はヒメの無邪気な笑顔がどのようなものであるかを思い知ります。
エナコが耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔、
天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔でした。

耳男の耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの笑顔でしたが、
エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰がでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。と考えます。

呼び出されたときアナマロが「早くここを逃げよ」とすすめ、
長者も内々オレがここから逃げることを望んでおられると言っていたのは、そういうことだったのか。と合点がいきます。
「ヒメの笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもない」と耳男は思ったのです。

甘やかして育てた結果、モンスターを生み出してしまったパターンです。
いや、そもそもの本質なのでしょうか?

ともあれ、
「人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこの笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。
ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。」

と考え、ヒメからの「気に入った」というお褒めの言葉を思い出して恐ろしさにゾッとすくむ耳男なのでした。

「オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。
人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこもっていないのだ。
本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。
この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。

オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。
真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。」



そして耳男は、
今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいと考えます。

耳男は、
ヒメに殺されることはもはや疑う余地がなく、
それも、今日、風呂からあがって奥の間へみちびかれて匆々(そうそう)だと考えます。
蛇のように裂いて逆さに吊されちゃうかも。

そこで、ヒメの笑顔を写した仏像を彫りたいという願いが叶えば生き延びることができるし、
タクミとしての必死の願望にもかなっています。

ただ泣き悶えて命乞いしたところで、あの笑顔が何を受けつけてくれることもないと思われますし、
とにかくヒメに頼んでみようと考えます。

そして、心がきまると、ようやく風呂からあがることができ、
ヒメが与えた着物に着替え、さっぱりした耳男は奥の間へ向かうのでした。

 

 

奥の間へみちびかれた耳男。
長者がヒメをしたがえて現れるやいなや、挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて必死に叫びます。
恐怖で顔をあげる力がなかったこともありますが。

「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。
それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔いはございません」

長者の返答は意外とあっさり

「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。
ヒメよ。異存はないか」

それに答えたヒメの言葉もあっさりと、

「私が耳男にそれを頼むつもりでしたの。
耳男が望むなら申分ございません」


長者は大そう喜んで思わず大声で「それはよかった」と叫びました。
パパもきっと、ホッとしたんでしょうね。
そして耳男に向って、やさしく言います。

「耳男よ。顔をあげよ。
三年の間、御苦労だった。
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。
ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。
よく、やってくれた」

長者とヒメは数々の引き出物を耳男にプレゼント。
付け加えて長者が、

「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、
エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」

と言うと、ヒメもその言葉を引き継いで

「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。
血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。

身代りに着せてあげるために、男物に仕立て直しておいたのです」

長者の顔が蒼ざめ、ヒメはニコニコと耳男を見つめていました。






はい。
そんな感じで、ホラーな第四回でした。

原文のラストの一節、

「オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。」

というところが好きです。
実はエナコの着物でしたのところ、
初めて読んだ時「ヒエッ・・・」てなりました。
ぜひ原文を読んでみてください。

青空文庫「夜長姫と耳男」

あ、でも思いっきりネタバレしちゃいましたね。
ごめりんこ。


次回、最終回になる予感。




なお、このブログは、気になったことを調べ、学んだ内容とイラストを紹介するお絵描きブログです。

ソースは主にWikipediaなどになりますので、学術研究ではなくエンターテイメントとしてお楽しみください。
興味のきっかけや、ふんわりしたイメージ掴みのお手伝いになればうれしいです。


青空文庫「夜長姫と耳男」
夜長姫と耳男-wikipedia
坂口安吾-wikipedia

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